大泉に練馬の名作が集結!
———再開発中の西武池袋線「大泉学園」駅の北口デッキに、先生のメーテルと鉄郎を始め、練馬生まれのキャラクターのモニュメントが新設されますね。
松本零士先生(以下松本):(鉄腕)アトムとね、(あしたの)ジョー、そして(『うる星やつら』の)ラムちゃんね。あと私の(『銀河鉄道999』の)メーテルと鉄郎。手塚さんとちばちゃんと、高橋さん。ようやくですねぇ。
———先生は以前から「みんなの電車とすれ違いたい」とおっしゃっていました。
松本:そうそう。いま西武池袋線に私の999のデザインが走っていますが、鉄腕アトムの電車や、あしたのジョーの電車、サイボーグ009の電車…。みんなの電車とね、すれ違いたいんです。私と石ノ森氏は同年同月同日の生まれでね。奇跡のような縁で練馬の地に集まったんですよ。手塚さんとも、幼いころ明石(神戸市)で同じ日の同じ時間に同じ『くもとちゅうりっぷ』という映画を偶然観ていた。手塚さんは15歳で宝塚から観に来られていて、当時5歳の私は住んでいた明石の航空機会社の社宅から姉に連れられて。しかし、たった1週間の上映で、おたがい日曜日の同じスクリーンを観ていたんです。あとで雑談の中でそのことがわかって、おたがいひっくり返りましたよ。まさに文字通りぐるっとでんぐりがえしで(笑)。
———そんな石ノ森先生や手塚先生も練馬区にお住いだったわけですが。
松本:手塚さんは富士見台にいらしてね。あるとき、目白通りのガスタンク、あれが爆発しないだろうか?と心配してね。わかりませんねぇ…と言ったら東久留米に引っ越しちゃった。あのとき、大丈夫ですよ、と言ってあげたらねぇ(笑)。
———ちば先生も練馬区に長くお住いです。
松本:富士見台と練馬高野台のあいだくらいですよね。昔は練馬高野台という駅はなかったから。ちばちゃんとは親友、よく一緒に遊びましたよ。
———先日も「アニメプロジェクトin大泉2014」でのおふたりのトークショーが大盛況でした。ラーメンにサルマタケ入れたり、コンコルド急降下させたりの逸話が(笑)。
松本:大らかな時代でしたねぇ(笑)。
———練馬区には多くの漫画家さんと縁があるのに、複数の先生の作品を同時に展示するケースはほとんどありませんでした。
松本:そうですねぇ。こういうのをもっともっと増やしていってほしいです。人が呼べますからね。今回のモニュメントは記念写真が撮れるよう写真フレームのようなデザインになるという話です。たくさんの人が訪れて人気の場所になるといいですね。
大泉をハリウッドにしたい!
———それはとても楽しみですが、もっと早くからあってもよかった気が…。
松本:そう。じつはね、練馬区には、これまでも多くの漫画ファン、アニメファンが世界中から来ているんですよ。フランス、イタリア、スペイン、ドイツ…中東や東南アジア、中南米…それこそ世界中から。私のところへもね、いろいろな人が来ます。以前ロシアから来た人は、隅田川でホタルナやヒミコ(松本先生がデザインした観光クルーズ船)に乗ってから、わざわざ練馬まで足を伸ばしてくれました。けれど、さて、心ときめかせてやってきてくれたものの、「何にもありません…」と。
———失望させてしまった。
松本:クール・ジャパンということで盛り上げようとしていますが、練馬は、まだ本当に立ち遅れています。たとえばパリは芸術の街ですね。世界中からたくさんの観光客がやってきます。ルーブル美術館、オルセー、そして美術館の周辺にはおみやげ屋さんがいくつもあるし、芸術家ゆかりの街並みや飲食店もあります。パリで活躍した芸術家の追体験がたっぷり楽しめます。ハリウッドもそうです。
———スターの手形が道路に敷かれていたり。
松本:ああ、「聖地」に来たんだな、と感じます。街中に映画の雰囲気が満ちていて。そういうものが大泉にもあるべきなんです。漫画やアニメだけでなく、大泉には映画づくりの歴史がある。これを活かさないともったいない。いや本当にもったいない。私も駅前の喫茶店…もうなくなっちゃいましたけど英林堂の2階のノベルで、有名女優さんに出会ったりしました。「なにしてるの?」と聞くと、「撮影の合間、休憩中なのよ」と。衣装のまんまでですよ。ほかにも憲兵の格好をした俳優がアンパンを買ってたり、自転車で走ってたら役者さんとぶつかりそうになったり(笑)。街にそこはかとない映画文化の雰囲気が漂っていました。

大泉学園駅北口のデッキには名作映画のポスターが(映り込みがひどくてスミマセン)
———素敵ですね。
松本:そういうのがね、いまの大泉にはほとんどないじゃないですか。歴史というのはどこでも手にいれられるものじゃない。だからこそもったいないですよ。大泉学園の駅を降りて東映撮影所、Tジョイに向かう道なんかを、もっと映画のまちとして盛り上げられないものか。昔の映画ポスターが飾ってあったり。アニメもあればいい。それは大泉をはじめ練馬区全域でできます。そうすればね、ファンたちは来てみたくなりますよ。漫画の舞台になってる場所もいろいろあるし、そういうことをもっと紹介したら観光客も集まります。
———私たちの仲間の区議会議員も「せめてTジョイ大泉までを映画アニメストリートに」とがんばってくれてますけど…。
松本:区民がね、声をあげてくれるのが一番いいんですよ。
漫画やアニメで「私」は潤うか?
———しかし、練馬区でも、いまだに「漫画やアニメでまちが豊かになる」ことを信じていない人は多いのではないでしょうか。とくに経済の中心である中高年に。

松本零士先生デザインによる堺ビッグバン Kazukiokumura – Kazukiokumura撮影。, CC 表示-継承 3.0, リンクによる
松本:そうですね。残念ながらまだ色眼鏡で見る人はいます。これだけ成功例がニュースになっているんですけどね…。私が関わった例で言うと、『堺ビッグバン』(名誉館長をつとめる松本零士先生が創作した”宇宙からの訪問者「ベアル」と「メロウ」の壮大な旅物語”に沿った、ストーリー性のある非日常空間を演出した地上4階建ての大型児童館)などは、最初はまわりに何もなかった。誰もが半信半疑です。しかし、どんどん人が来るようになるわけです。そういう場所があれば、おのずと周囲でお金を使います。人が集まると居住まいも正す。環境もよくなります。役所もみっともない場所にしておけませんからね、街もきれいになります。
———そうすると経済的な面だけでなく…。
松本:お金の面がいちばん大きいのでしょうが、それだけじゃありませんね。もうひとつ、これも私が名誉館長を務めている『北九州市漫画ミュージアム』は小倉駅の目の前ですが、ここも大きな人の流れができている。周囲の商店では売上げが何倍かになったということです。
———そういう例でいちばんわかりやすいのが鳥取県境港市の事例ですね。『水木しげるロード』がオープンした1994年の集客は28万人で前年比1347%。2010年には370万人を突破。水木ロード以外への入り込みも、当初の95万人から2013年は467万人にも伸びていて、中でも2010年の「ゲゲゲの女房」放送時には567万人を記録したそうです。ちなみに鳥取県の人口は約59万人。練馬区は71万人です。
松本:そうですか。こういう話はいっぱいあるんです。だからこそね、練馬区がもったいない。東京都内で便利なのに、なんでよそに負けているかと。
———街に人は来るかもしれないが、自分の生活は豊かになるのか。そのイメージがいまひとつ膨らまないのでしょうか。境港市の事例だと、地域のお店が鬼太郎をテーマにした商品やおみやげを展開しています。せっかく来たらその土地らしい記念に残ることをしたり、買ったりしたい。そういうニーズに応えているんですね。
松本:街というものは、人が来れば発展します。豊かになります。例えば練馬区にもね、もっと練馬区らしい、漫画やアニメを使ったおみやげがあればいいんですよ。ドラ焼きに焼き印をどーんと押すだけでも違うでしょうから。大泉では大江戸線の延長が問題になってますけれども、まず人が集まるようになったら、自動的にやって来ますよ。大江戸線も(笑)。
オリンピックで『忍者の里 大泉』が?
———人が集まる、と言えば、松本先生は以前「じつは大泉こそが忍者の里だった」とおっしゃってました。
松本:ええ。以前、伊賀電車(伊賀鉄道伊賀線)にデザインを頼まれたことがあって、さて、どうしよう…と悩んだんですね。しかし調べてみると、自分が住んでいる大泉、しかもこの土地が、じつは江戸時代には服部半蔵の給地で、ここで斃れたとある。驚きましたねぇ。いろいろな奇縁があるんですなぁ。このあたりは小榑(こぐれ)の里、橋戸村ぐみやまと言って、近くの氷川神社には伊賀衆奉納の御手洗(みたらし)があります。忍者の里というわけです。
———先生は地元の歴史的背景もよくお調べです。
松本:私が大泉に越してきた50年前には、まだ木造の比丘尼橋が実在していましたからねぇ。この比丘尼というのは尼の格好をした売春婦で夜鷹の一種ということですが、名主との恋に破れて白子川に身投げをした。それで比丘尼橋という名前になったらしいです。白子川という名前も比丘尼から流れ出た白子を表すというから、非常に悲しいロマンチックな物語があるのです。いまは知る人もほとんどいないでしょう。
———照姫伝説もそうですが、練馬区にはいろいろな歴史ドラマがありますね。
松本:オリンピックが東京に来ることが決まりましたが、いまのままでは練馬に利益が落ちる可能性は少ないかもしれません。あれだけ招致活動に協力したのに、それでは浮かばれない。マンガやアニメもそうですが、このように歴史の物語も使えるかもしれません。
———外国人は忍者が好きですし(笑)。
松本:ちゃんと紹介することで練馬まで足を運んでくれるかもしれません。ここは便利ですからねぇ。いろんな場所から一直線で来れる。そしてこれだけの豊かな自然や歴史もある。漫画やアニメもある。
———とてもすごい場所のような気がしてきました(笑)。
松本:いや、すごい場所ですよ。それは間違いありません。
膨大な「財宝」を区民が発掘しなければ!
———しかし、まだまだ区民の多くが知らない財宝が眠っていますよね、練馬区には。たとえば「大泉サロン」とか。松本先生は、あった場所をご記憶ですか?
松本:そこは憶えてませんねぇ…。けれど、「大泉サロン」といえば、本来は日本漫画史にちゃんと名前を残すべき存在ですからね。埋もれてしまうなんてことがあってはいけません。
———竹宮惠子先生と萩尾望都先生を中心とした女性漫画家が集って研鑽を重ねた『女性版トキワ荘』とのことですが、恥ずかしながら私も数年前まで知りませんでした。
松本:もともと私も少女漫画を描いてましたから…昔は少女漫画も男性が描いてましたからねぇ。そのうち大泉サロンに集ったような向上心旺盛な女性漫画家に追われましたが(笑)。やはり女性ならではの感性…服装とか…それはかなわないと。一斉に追い出されるという厳しい現実を味わいました(笑)。そしてやはり女性ならではの感性を活かして素晴らしい作品がたくさん生まれましたが、その中心が練馬区大泉…だったんです。
———竹宮惠子さんは今や日本初の漫画専攻学部がある京都精華大学の学長です。
松本:すごいことです。練馬区も大学がありますね。
———武蔵大学、日大芸術学部、武蔵野音楽大学の3つですね。
松本:こういうところとも連携して、研究やら何やら、いろいろやればいいです。漫画も、アニメも、まちづくりも、若い人もどんどん入ってもらって。
———私たちも区民や区にゆかりのある人のネットワークを育てて、もっと積極的に活動していこうと思っています。こんな漫画家さんクリエイターさんがいますよ、という情報もまだまだ必要です。このフリーペーパーづくりも、そんな仲間や理解者、協力者を集めるためのもので、なんとか定期的に出していけるよう、資金の確保も大きな課題なんですが(笑)。
松本:大丈夫ですよ。いい活動にはいい支援者がつく。なんとかなります(笑)。
———本日はお忙しいところありがとうございました。先生にはいつもいつもお世話になりっぱなしで…。
松本:あなたたちのような人ががんばって練馬の魅力を伝えていくことで、区民もどんどん盛り上がってくれないと困りますからねぇ(笑)。応援しています。
2014年7月
インタビュー・文責・写真(松本先生と大泉周辺)/丸尾宏明
イラスト/歌頭孝之